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美しき諍い女 Comments (8)
裸婦役のE・ベアールもまた、印象派の画家達が好んだ丸みを帯びた柔らかい肢体で、艶かしい裸体を見せてくれた。
写真の技術により、絵画が記録としての役割を持たなくなった時代、画家達は内面にある感情を表現するようになった。それが印象派以降であるが、この映画の中でも“美しき諍い女”というモチーフで、モデルに様々なポーズをさせることによって諍い女=激しい女の内面を捉え、形象化しようと試みたのではないか・・・と思われた。
しかし、交錯する五人の視線は観客に対して登場人物たちの本音を伝えていて、彼らの視線の一つ一つを丁寧に追っていくことで状況に対する理解が得られる。
若い女がモデルになり、老画家は昔あきらめた絵をもう一度描こうとする。映画はこの描く行為を中心に映し出す。
筆によって紙にひかれる線の一本一本を丁寧に追うと、1本では何の意味も持たない線が、他の線と関係を結ぶことで人間の肉体の一部へと変容していく。非常に長い時間をかけてカメラはとらえるのだが、これは多くの観客に忍耐を要求するものである。そしてこの忍耐こそが、人間や人間を取り巻く真実を理解するには不可欠なものであることを映画は訴えかけてくる。
老画家は、新しいモデルに対して様々なポーズを要求し、自らもまた幾枚もの習作を描く。この過程の描写もまた、分かり易くテンポの良い展開を望む観客にとっては苦痛でしかなかろう。
だが、観客の都合に妥協することなく、このプロセスのなかにこそ相手への見方や自分の行為の意味の変化が起きていることを映画は見せるのである。
最終的に仕上がった絵は画面には映らない。老画家の視線によってとらえられた線の集まりがこの作品であるならば、それは四時間近くの長時間、老画家の視線を追い続けてきた観客に具体的なものを見せる必要はないのだ。
エマニュエル・ベアール演じるマリアンヌという女を見つめ続けてきた老画家と観客。この両者が出した答えにそんなに違いはないはずだ。そして、画商に渡すためのもう一つの絵には、その答えは描かれていないことも観客は当然知っている。
壁に塗り込められた絵のように、隠された真実は丁寧に忍耐強く観察を続けることでしか知ることはできないのだ。
完成した作品は、当然、封印される。
それを理解できるのは作者とモデルしか存在しないのに。
そして、自分の全てを知ったマリアンヌは生きる意味を失ったのか、復活したキリストのように生きるのか。
良い作品は自分の目のようにカメラが動く。
エマニュエル・べアールは
当時一番美しい女優さんだったんじゃなかろうか。
外向きのおっぱいを惜しげも無くさらして脱ぎっぷりが良い。
絵を描くのを見るのは好きだけど映画は淡々と長い。
そして出来上がった芸術家渾身の「美しき諍い女」は
見せてくれないまま壁に閉じ込める。
正直言ってつまらない映画だった。
たぶん
わかんないやつにはわかんなくていいって感じ。
フィルム自体は絵画の様で本当に綺麗でしたが、ちょっと長すぎるのと抽象的すぎるので、好みが分かれると思います。